過去のパンデミック 14世紀のペスト大流行について

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現在、新型コロナウイルスのパンデミックが全世界を襲っています。
先の見えない停滞感や不安を感じている人々も多いと思います。

私自身は、過去のパンデミックを学ぶことで、今後の対処法や心構えのヒントが得られるのではないかと考えました。
そこで、過去の代表的なパンデミックである「14世紀のペスト大流行」について調べてみました。

今回はその内容をシェアしてみたいと思います。

ペストとは

まずは、ペストがどんな病気であるのかを見ていきたいと思います。

ペストは、ペスト菌が感染することで起こる伝染病です。
ネズミ・犬・猫などに流行した菌がノミを介して人にうつり発症します。

ペストの症状は、通常2つのカテゴリに分類されます。
それは、それぞれ「腺ペスト」「肺ペスト」と呼ばれます。

腺ペストは、リンパ節、特に腋窩や鼠径部のリンパが腫れることが特徴です。
高熱を生じ、ペスト菌の毒素によって意識の混濁や心臓の衰弱が起こります。

肺ペストは、ペスト菌が肺にまわって発症します。発熱・下痢、肺炎、喀血・血痰などの症状が起こります。

腺ペスト・肺ペスト、治療しなければいずれも数日で死亡してしまいます。

ペストのことを「黒死病」と呼ぶことがあります。
ペスト菌が血液を犯し、敗血症を起こすと、出血斑や手足の壊死を起こします。
その結果、全身が黒いあざだらけになって死亡します。
そのため「黒死病」と呼ばれるようになりました。

現在でも、アジア(インドやマダガスカル島)などで、ペストが散発するときがあります。
しかしながら、ペスト菌には、ストレプトマイシンなどの抗生物質が有効なので、現在では昔ほど怖い伝染病ではありません

ペスト流行の歴史

ペストの流行は、有史以来たびたび記録されています。

現在、ペストであろうと思われる最初の記録は、聖書のなかに見られるそうです。(「サミュエル第1の書」5章・6章)
時代的にはおよそ紀元前11世紀ごろとされます。

その後も紀元前3世紀ごろ、ペストと思われる流行病の記録があるそうです。
これらはいずれも一部地域での流行の記録とされます。

一方、いわゆるパンデミック(世界的流行)としての記録は、6世紀、7世紀、11世紀に見られます。
特に11世紀の大流行は、十字軍の遠征が流行を広げた要因と考えられています。

その後、14世紀、17世紀、19世紀とほぼ250年から300年ほどの歳月を空けて、パンデミックが繰り返されてきました。

14世紀のパンデミック

ここからは、14世紀に起こったパンデミックについて見ていきたいと思います。

14世紀のパンデミックはその規模・範囲、ならびに社会に与えた影響はとても大きいものでした。。
世界的なパンデミックの代表例として取り上げられることも多く、今回の新型コロナウイルスの世界的影響を考察する上でも最適な題材だと思います。

どんな流行だったのか

14世紀のペストは、アジア(中国大陸)からヨーロッパにかけて猛威をふるいました。
発生源については、中国説・中央アジア説があるが、両者ともはっきりとした決め手にはかけているのが現状のようです。

死亡した人の数については、全世界で7000万から1億人ほどの犠牲者を出したと推定されています。(諸説あり)

ヨーロッパでのペストの流行状況
wikipedia

西ヨーロッパにおいても広範囲に流行しました。
犠牲者については、当時の人口の3割から6割が死亡するという壮絶なものでした。
このため、当時の人々が直面した死の恐怖は、我々が現在直面している以上のものであったことが推測されます。

流行をもたらした社会的状況

自然環境の悪化

14世紀のペスト流行前には、中国・ヨーロッパ双方で大規模な気候変動・天変地異が起こっていたようです。

中国では干ばつ・洪水、大地震、イナゴの襲来が記録されており、人々が飢饉に貧した様子が記録されています。
一方、ヨーロッパにおいても火山の大噴火や地震、それに伴う飢饉の発生が記録されています。

このように、環境の悪化と飢饉により人々の抵抗力が低下したことが大流行の伏線となったとも考えられています。

また、アジア大陸での飢饉による穀物不足により、同地に住んでいたクマネズミが大量にヨーロッパに流れ込んだことも感染を広げる要因になったと考えられています。

貿易船と商人の往来

ペストの流行地域の移り変わりについては、

  • 貿易港や貿易都市から内陸部へ向けて流行する傾向があったこと
  • 大河川沿いの商業都市から地方へ向けて流行する傾向があったこと
    などから、貿易船や商人を中心とする人々の往来が、流行を拡大する要因になったと考えられています。

現代同様、グローバルな人の流れが、感染を拡大させる要因になっていたようです。

当時の人々の対応・反応

ここからは、当時の人々がペストをどう捉えていたのか、またどう反応・対応したのかについて見ていきたいと思います。

病気の原因をどう考えていたか

『細菌』の存在を知らなかった中世の人々は、ペストの原因を以下のように考えていたようです。
①空気変性説
大気が腐敗し、空気が変性。変性した空気を吸うことで感染・発症する
②占星術的考え
木星や火星などの天体の位置が人類に死をもたらしている
③地震説
地震によって地下に蓄積された腐敗ガスが噴出。大気を腐敗させるため
④眼差し説
ちょっと変わった説として、患者と視線を合わせるとペストがうつる。
視線により感染するという説がありました。
このため、下のようなマスクを被り、患者と直接視線を合わせないようにして診察する医師もいました。

マスクをかぶったペスト医師

wikipedia

⑤キリスト教の敵による陰謀説
キリスト教の敵が毒を撒いているという説。
キリスト教の敵として、主にユダヤ人や被差別的な立場の人がやり玉に挙げられ、迫害・虐殺を受けることとなりました。
⑥神の懲罰説
人類の堕落に対する神の懲罰だという説

ペストに対する人々の対応

  • 「うつる」という認識
    細菌の存在を知らなかった当時の人々も、伝染の様子を観察することにより、獣から人または人から人へ「伝染する(うつる)」という認識を持っていたようです。
    また、隔離が有効であるという認識もあり、ヴェネツィアでは「検疫」が行われたほか、地域によっては隔離政策による対処がなされました。
    ただし、隔離と言っても、原野に患者を放置して運命を神に委ねるなど、どちらかというと「遺棄」に近い性格を持つものも多かったようです。

貴族が食料を大量に買い込み、領民とともに城壁内に閉じこもり外部との接触を断つことで、全員が難を逃れたという事例も記録されています。

  • ユダヤ人の迫害・虐殺
    当時の人々が考えていた原因説でも述べましたが、ペスト流行の原因を「キリスト教の敵」による陰謀と捉える動きがありました。

具体的には、ユダヤ人が井戸に毒を入れているというものが主なものであり、これを信じた民衆が、ユダヤ人を虐殺したり迫害したりする事例が相次ぎました。

人々の極端な行動

当時の人々はペストに直面した際、どのような行動を取ったのでしょうか。

当時のヨーロッパは、キリスト教が人々の思考・行動に大きな影響を与える時代でした。
ペストの流行も、堕落した人間に対する神の罰だと捉える向きも多く、大半の人は極端を避け慎ましく生きる「中庸」を重んじた生活を送っていました。

一方で、極端な行動に走る人々も存在しました。
陰謀説を信じユダヤ人を虐殺した人々もその1つと言えます。

その他にも、やり残したこの世のあらゆる快楽と勝手きままな振る舞いに身を委ねる者、つまりやりたい放題の行動に走る者もいました。

逆に、神に対する贖罪意識を極端に高め、自らを厳しい贖罪行為に追い込むものも現われました。
この動きは、「鞭打ち運動」として社会現象化しました。

鞭打ち運動とは、神に対する贖罪行為として、自らもしくは互いの体をムチで打つという行為を伴い、全国を行進するというものでした。

中世のペストが社会に与えた影響

14世紀のペスト流行がその後の社会にもたらした影響はどのようなものであったのか。
東京大学名誉教授の村上陽一郎氏は、次のように分析しています。

①人口減により、賃金労働者の立場が以前より強くなった。その結果、以前から見られた荘園制度の変化が加速した。

②学問が衰退した
教育に従事していた人々が相当数いなくなり、本来登用されるレベルに達していない層が教育を担わざるを得なくなった。
そのために教育レベルが低下したり、そもそも教える人がいなくなって大学がなくなった場合もあった。

また、古典的な学問がペストの流行に全く無力であったため、これらを尊重する傾向にゆらぎがみられた。

③にわか成金が生まれた
人口減により、生き残った商人や職人がにわか成金となる事例が見られた他、いわゆる「下剋上」的な身分の上下移動が生まれ、封建的身分制度の実質的な解体へ連なる事態となった。

④ペストに対して無力であった教会を前にして、信仰に顔を背ける人々が生み出された一方、死の記憶によってより信仰を深める人々を生み、教会に対する寄付は莫大な額になった

14世紀のペストが社会に与えた影響について、
一般的には
・多数が死亡したことで労働力不足となり、賃金がアップ、農民たちが次第に自由を持つようになった
・ペストの蔓延に無力だったことから、カトリック教会への信頼がゆらぎ、宗教改革へとつながっていった
という見解があります。

村上教授もこの点を否定してはいませんが、その流れはペスト流行以前にも存在していたとしており、以下のように述べています。

ペスト流行は、流行以前に起こっていた時代の変化の中から、次代につながるものを際立たせ加速させる働きをした。
一方で、流行期に次代を作り出す何物かを積極的に生み出したものではなかった。

最後に

ここまで、参考文献などを元に、14世紀のパンデミックで何が起こったのかを述べてきました。
ペストの流行がどのようなものであったのか、その社会的影響はどのようなものであったのか、おおまかな概要を述べてきました。

歴史を通じて過去から学ぶことの大切さは、常日頃繰り返し言われていることです。
この記事を通じてなにかお役に立てることがあれば幸いです。

参考文献など

村上陽一郎著「ペスト大流行」(岩波新書)

瀬原義生「大黒死病とヨーロッパ社会の変動」
ボカッチオ「デカメロン」(河出書房新社)

 

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