整体師を目指す人のために、最低限覚えておきたい解剖学の知識を解説する「ゼロから始める基礎解剖学」。
前回は「解剖学用語と関節運動」についてお話してきました。
今回、総論編の3回目は「神経系」を取り上げます。
神経系
神経系の区分
まずは神経系の分類について解説します。
神経系は、高次機能を担う中枢神経系と、中枢神経と身体各部を結びつける末梢神経系に分類されます。
中枢神経系は脳および脊髄からなります。
末梢神経系は脳脊髄神経系(体性神経系)と自律神経系(内臓神経系)に分けられます。
脳脊髄神経系は、皮膚・感覚器から身体外部の情報を受け取り、骨格筋を動かします。
自律神経系は、身体内部の情報を受け取り、循環・呼吸・消化などの自律機能を調整します。
末梢神経は、末梢の感覚受容器からの情報を中枢神経系に伝える求心性神経と、中枢神経系の司令を末梢の器官に伝える遠心性神経からなります。
脳脊髄神経系の求心性神経は、末梢の感覚受容器からの情報を伝え、感覚神経(知覚神経)と呼ばれます。
脳脊髄神経系の遠心性神経は、骨格筋を支配し、運動神経とよばれます。
一方、内臓の情報を中枢神経系に伝える神経は、内臓求心性神経とよばれます。
自律神経系は、中枢神経系の指令を末梢の平滑筋、心筋、腺に伝える遠心性神経のみから成り立っています。
自律神経は、交感神経系と副交感神経系に分けられます。
交感神経と副交感神経
整体師が必ず押さえておくべき神経系の知識のひとつとしては、交感神経と副交感神経のはたらきがあります。(これは「解剖学」よりも「生理学」に近い内容ともいえます。)
交感神経と副交感神経のはたらき
臓器 | 交感神経 | 副交感神経 |
---|---|---|
心臓 | 心拍増大・筋力増大 | 心拍減少・筋力減弱 |
血管 | 収縮 | 拡張 |
瞳孔 | 散大 | 縮小 |
涙腺 | 分泌抑制 | 分泌促進 |
唾液腺 | 分泌抑制 | 分泌促進 |
汗腺 | 分泌 | ー |
胃腸、消化管 | 運動・分泌の抑制 | 運動・分泌の促進 |
胆のう | 弛緩 | 収縮 |
膀胱 | 弛緩 | 収縮 |
それぞれの主なはたらきは上の表のようになります。
ものすごく簡単に言えば、交感神経は体を緊張状態(≒戦闘モード)にするはたらき、副交感神経は体をリラックス状態(≒休息モード)にするはたらきと言えます。
リラクゼーション系を中心とする整体師の手技には、副交感神経を高める方向に作用するとされるものが多くあります。
このため、競技直前のアスリートに対して手技を行う場合など、状況によっては副交感神経を亢進させることでパフォーマンスが低下してしまうケースもありうるので、注意が必要です。
上記に関連する余談ですが、ストレッチに関しては、次のような見解があります。
運動前のストレッチはパフォーマンスを低下させる
2004年、カナダのシュライアーらは研究により、ストレッチが筋力や瞬発力を低下させるということが示しました。
その後も同様の結果を示す報告が多数行われており、2010年にはアメリカスポーツ医学会が「運動前のストレッチはパフォーマンスを低下させる」という公式発表をしています。
(引用:科学的に正しい筋トレ最強の教科書 /KADOKAWA/庵野拓将 )
その他にも諸説ありますが、運動前の静的ストレッチについては、パフォーマンス低下をもたらすという見解が現在では主流となっています。
脊髄と脊髄神経
脊髄は長さ40~45cmの細長い円柱状の器官であり、脊柱管の中にあります。
脊髄からは、8対の頚神経、12対の胸神経、5対の腰神経、5対の仙骨神経、1対の尾骨神経、合計31対の脊髄神経の根が出ます。
これらの脊髄神経は上から出ている順番で次のように、呼ばれます。
- 頸髄(C1~C6)
- 胸髄(T1~T12)
- 腰髄(L1~L5)
- 仙髄(S1~S5)
- 尾髄(C0)
また、英字に比べて数字を小さく書く場合もあります。
C1 ←こんな感じ
臨床においては、例えば「右下腿L5領域に痺れあり」とカルテに記載するなど、記録を残す場合や、勉強会などで他者との症例の共有を行うなどの際に用いられます。
一方で、脊柱の骨を示す際にも「C/T(Th)/L/S」を使った表現がよく用いられます。
例えば「C3が左後方にねじれている」といった感じで使われます。
したがって、例えば「C5」と書かれている場合には「頸髄神経の5番目」を示しているのか、「第5頚椎」を示しているのか、把握が必要な場面もありますので注意してください。
上で述べたように、脊柱を構成する骨を表すために「C/T(Th)/L/S」が用いられることがあります。
脊柱は7個の頚椎、12個の胸椎、5個の腰椎、5個の仙骨が癒合した1個の仙骨、および尾骨から構成されます。
その構成する椎骨を上から順番に
・頚椎(C1~C7) ・胸椎(Th1~Th12) ・腰椎(L1~L5) ・仙椎(S1~S5)
と表現することがあります。
デルマトームと皮神経
デルマトームとは
デルマトームとは、感覚求心路が単一の後根神経節〜後根〜脊髄分節に入る皮膚領域を意味すると定義されています。ちょっと解りにくい定義ですね。
簡単に説明すると、皮膚の感覚神経は、たどっていくと脊髄に到達します。皮膚のこの部分の感覚神経であれば、脊髄のこの高さにつながっているという概ねの関係が、解剖学により判っています。(一般的には分布領域には微妙に個人差があるとされています。)
これを示すのがデルマトームの図であり、例えば手の親指側であれば、そこに分布する皮膚感覚の神経はC6の部分に到達するということになっています。
デルマトームの図については、検索などを通じて目を通しておいてください。
医療現場でのデルマトームの知識の活用法
デルマトームの知識は実際どのように活用されているのでしょうか。
医療現場では、感覚異常の分布状況から脊髄・脊椎疾患の病巣の高位を推定するために用いられています。
例えば先の例でいくと、手の親指側に感覚異常があるのであれば、C6の神経が脊髄・脊椎疾患で障害されているのではないかと推定し、必要な検査を行ったりします。
皮神経とは
皮膚に分布してその感覚を司る神経のことです。
デルマトームと同様、解剖学によって、各皮神経が皮膚のどの辺りの領域を司るかということが判っています。
例えば、手の小指側に感覚異常がある場合、皮神経に問題があるとすれば、尺骨神経の問題だと考えられます。
この皮神経の分布図も大切なので、検索などを通じて目を通しておいてください。
整体師にとっての「デルマトーム・皮神経の分布図」の活用法
「デルマトーム・皮神経の分布図」を整体師が活用する目的は、主に2つあります。
施術ポイントを判断するために使う
感覚異常がある領域と照らし合わせることで、
- 脊柱付近に問題があるとすればどの部分の可能性が高いか
- 皮神経の走行を考慮するとどの部分で絞扼している可能性があるか
など、施術でアプローチすべきポイントを判断する際の参考になります。
不適応疾患の可能性を考えるために使う
手や足のしびれや痛みを伴う疾患の中には、炎症によるもの、腫瘍、高度な脊髄圧迫によって起こるものなどもあります。こういった疾患の場合は、早急に医療機関を受診する必要があります。
特に歩行障害や麻痺、脱力、排尿障害などを伴う場合は注意が必要とされています。
このように、クライアントの症状が、整体で扱って良い範囲であるかどうかを判断し、適切な「助言」を行うための基礎知識としても役立ちます。
まとめ
今回は「神経系」についての基礎知識を解説してきました。
仕事の性質上、整体師は筋肉や骨格ばかりに目が行きがちですが、神経系の知識も臨床では必要になってきます。
ここでは取り上げませんでしたが、将来的に神経伝達のことなど、生理学の範囲となる知識についても理解を深めることができればより理想的だと思います。